今日からできるアサーション会話術~「NO」を言うのが怖くなくなる話し方~
「NO」と言うことに、つい罪悪感や怖さを感じてしまう。頼まれごとを断れず、自分の時間がなくなってしまう。自分の意見を言えず、後から「ああ言えばよかった」と後悔する。そんな経験はありませんでしょうか。
場の空気を乱したくない、相手に嫌われたくない、評価を下げたくない。そう考えるほど、「NO」と言ったり、自分の本当の気持ちを伝えたりすることが難しく感じられるかもしれません。
しかし、無理をして「YES」と言い続けたり、沈黙を選んだりすることは、心身の負担となり、やがて人間関係にも歪みを生じさせる可能性があります。自分自身を大切にしながら、周囲とも良好な関係を築くために役立つのが、「アサーション」というコミュニケーションの考え方です。
本記事では、特に「NO」を言うのが苦手な方に向けて、今日から実践できるアサーション会話術の基本と、その具体的な話し方について解説します。
なぜ私たちは「NO」と言うのが怖いのか
まず、なぜ私たちは「NO」と言うことや、自分の意見をはっきりと伝えることに抵抗を感じるのでしょうか。そこにはいくつかの心理的な要因が考えられます。
- 承認欲求: 相手に認められたい、好かれたいという気持ちが強く、「NO」と言うことで嫌われてしまうのではないかという不安を抱きます。
- 協調性: 周囲との和を乱したくない、波風を立てたくないという気持ちから、自分の要求を抑え込んでしまいます。
- 評価への不安: 特に職場では、「使えない」と思われたくない、昇進や評価に影響するのではないかという恐れがあります。
- 断り方を知らない: どのように伝えれば相手に不快感を与えずに済むのか、具体的な方法が分からないため、つい曖昧にしたり引き受けたりしてしまいます。
これらの感情は、決してあなただけが抱えているものではありません。多くの人が経験する自然な感情です。しかし、こうした感情に振り回されず、適切に自分の意思を伝えるためのスキルを身につけることが可能です。
アサーション会話術とは?
アサーションとは、「相手の権利や気持ちを尊重しつつ、自分の権利や要求、意見、感情などを正直かつ率直に表現する自己表現」のことです。
ここで重要なのは、「相手を尊重しつつ」という点です。アサーションは、一方的に自分の主張を通す「攻撃的な自己表現」でもなければ、自分の気持ちを押し殺す「非主張的な自己表現」でもありません。相手と自分、両方を大切にする「誠実な自己表現」と言えます。
アサーションを身につけることは、単に「断る」ことだけを可能にするのではなく、以下のような多くのメリットをもたらします。
- 心身の負担軽減: 無理な引き受けが減り、ストレスが軽減されます。
- 人間関係の質の向上: 誤解が減り、お互いを尊重したより健全な関係を築けます。
- 自己肯定感の向上: 自分の気持ちや考えを大切にすることで、自信につながります。
- 時間とエネルギーの有効活用: 本当に大切にしたいことに時間を使えるようになります。
今日からできるアサーション会話術の基本ステップ
アサーションを実践するための具体的な会話の組み立て方には、いくつか基本的なフレームワークがあります。ここでは、初心者の方にも分かりやすいステップをご紹介します。シンプルに、以下の要素を意識して話すことから始めてみましょう。
- 客観的な状況描写: まず、あなたが今どういう状況にあるのか、相手から何を依頼されているのかなど、事実や状況を客観的に描写します。感情や評価は入れず、誰が見てもそうであると分かるように伝えます。
- 自分の気持ち・考えを伝える: その状況や依頼に対して、自分がどう感じているのか、どう考えているのかを正直に伝えます。「私は〇〇と感じています」「私は〇〇と考えます」のように、「私(I)」を主語にして話すと、相手を非難するのではなく、自分の内面を伝えていることが明確になります。
- 具体的な要求や提案: あなたが相手にどうしてほしいのか、あるいは自分はどうしたいのか、具体的な行動や解決策を要求または提案します。「〇〇していただけますでしょうか」「〇〇という方法はいかがでしょうか」「今回は〇〇させていただけますでしょうか」のように、可能な範囲で具体的な内容を伝えます。
- 結果や意図の説明(必要に応じて): なぜその要求や提案をするのか、それによってどのような結果やメリット(あるいはデメリット回避)が生まれるのかを補足的に伝えます。相手にとっての利益や、関係性への配慮を示すことも有効です。
簡単な会話例(職場で仕事を頼まれた場合)
上司:「佐藤さん、この資料、今日中に頼める?」
あなた(アサーションを意識して): 1. 状況描写: 「この資料ですね。(資料を受け取る)」 2. 気持ち・考え: 「ありがとうございます。ただ、今抱えている〇〇の作業がありまして、それが今日いっぱいかかる見込みです。」(正直な状況と限界を伝える) 3. 要求/提案: 「もし可能でしたら、明日の午前中まででしたら対応できます。あるいは、〇〇の作業を他の方に引き継いでいただくことは可能でしょうか。」(具体的な代替案を提示) 4. 意図/結果: 「期日までにご期待に沿えず申し訳ないのですが、中途半端な状態で提出するよりは、しっかりと時間を取りたいと考えております。」(誠実な意図を伝える)
このように、一方的に「できません」と断るだけでなく、なぜできないのかの理由(主観的・感情的ではなく、客観的な状況)、そして「ではどうであれば可能か」という代替案や解決策をセットで伝えることが、関係性を維持しながらアサーションを行う上での大切なポイントです。
関係性を維持するためのアサーションのヒント
「NO」と言ったり、自分の意見を述べたりする際に、相手との関係性を損なわないためには、話し方以外にもいくつかのヒントがあります。
- 感謝やねぎらいの言葉を添える: 依頼してくれたことへの感謝や、相手の状況への配慮を示す言葉を最初に加えることで、相手は「頭ごなしに否定された」という印象を受けにくくなります。「ご相談いただきありがとうございます」「お声がけいただいて嬉しいです」など。
- 断る理由を正直かつ簡潔に伝える: 長々と言い訳をする必要はありませんが、なぜ引き受けられないのか、なぜその意見なのかを簡潔に伝えることで、相手は納得しやすくなります。ただし、嘘やごまかしは信頼関係を損なう可能性があるため避けましょう。
- 代替案や協力できる可能性を示す: 全てを断るのではなく、「〇〇でしたら可能です」「△△の件なら協力できます」のように、可能な範囲での協力や代替案を提示することで、相手は「全く応じてもらえない」と感じずに済みます。
- 非難や攻撃的な言葉は避ける: 相手の依頼や意見を否定するのではなく、あくまで「自分はこうである」という「I(私)メッセージ」で伝えることに徹します。「あなたはいつも急に頼むから困る」ではなく、「急な依頼だと、他のタスクとの調整が難しく、私は困ってしまいます」のように伝えます。
- 断った後のフォロー: 依頼を断った後も、その件について気にかけたり、「何か手伝えることはありますか?」と声をかけたりすることで、関係性の悪化を防ぐことができます。
最初の一歩を踏み出すために
アサーションは、一夜にして身につく魔法のような技術ではありません。練習が必要です。最初から完璧を目指す必要はありません。まずは、身近な、比較的リスクの低い場面から試してみましょう。
- 小さな意見表明から: 会議で簡単な質問をする、ランチの場所の希望を伝えてみるなど、日常の小さなことから自分の意見を言う練習をします。
- 「NO」の練習: 急を要さない頼まれごとや、断っても大きな影響がない誘いなど、断りやすい状況から「NO」を伝えてみる練習をします。
- フレーズを準備しておく: 咄嗟に言葉が出ない場合に備え、「今すぐには難しいです」「確認して後ほどお返事します」「ありがたいのですが、今回は見送らせていただきます」といった、いくつかの断り文句を自分の中に準備しておくと役立ちます。
- 自分を責めない: うまく伝えられなかったり、相手に不機嫌な顔をされたりすることもあるかもしれません。しかし、それで自分を責める必要はありません。一度の失敗で全てが決まるわけではありませんし、練習を続けることで必ず上達します。
まとめ
「NO」と言うことや、自分の気持ちを適切に伝えることは、決してわがままなことではありません。自分自身の心と体を守り、他者と対等で健全な関係を築くために不可欠なコミュニケーションスキルです。
アサーション会話術は、相手を尊重しながらも、自分自身も大切にするための具体的な方法を提供してくれます。今日ご紹介した基本的なステップやヒントを参考に、まずはできることから、小さな一歩を踏み出してみてください。
練習を重ねるうちに、少しずつ「NO」と言うことへの抵抗感が減り、自分の気持ちを楽に伝えられるようになるでしょう。それはきっと、あなたの日常を、そして人間関係を、より快適で豊かなものに変えていくはずです。